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会社概要・沿革

会社概要

名称: 株式会社 目黒研究所
本社: 〒541-0044 大阪市中央区伏見町二丁目6番4号(吉田一閑ビル)
TEL:06-6223-1451 FAX:06-6223-1453
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加西工場: 〒675-2101 兵庫県加西市繁昌町字小谷ノ上乙318-1
TEL:0790-49-2361 FAX:0790-49-1329
アクセス加西 グーグルマップ加西
加西工場
創立: 1925年(大正14年)
資本金: 3,520万円
代表者: 代表取締役 井上 信之
従業員数: 23名 (2017年(平成29年)6月現在)
主な事業内容: 医薬品、健康食品、飼料添加物等の製造販売および輸出入
株主: 丸石製薬株式会社
取引先銀行: 三井住友銀行 大阪中央支店
みなと銀行 大阪支店

沿革

目黒研究所は故目黒庸三郎博士によって「大阪治療実験研究所」として設立される。
故博士は明治43年大阪府立高等医学校卒業後生化学を研究、後に伝染病研究所志賀潔先生のもとで細菌学並び免疫学を修める。
北里先生が創設された北里研究所において、志賀先生とともに4年間研究に没頭する。大正11年に渡欧し、ベルギーのパスツール研究所にてホリデー博士に、パリのパスツール研究所にてラモン博士の研修指導を受けた。
帰国後大正14年5月、大阪実験治療研究所を大阪北区に開設したのを発祥とする。

― 目黒研究所年表 ―

1925年(大正14年) 大阪実験治療研究所(大阪市北区)創設
1929年(昭和4年) 乳酸菌製剤「ビオゼニン」発売
1931年(昭和6年) 「ヂフテリーホルモワクチン」発売
1937年(昭和12年) 目黒研究所と改称
「ジフテリア血清」発売
1945年(昭和20年) 戦火により目黒研究所消失
直に池田市神田町付属免疫所に移転
1948年(昭和23年) 池田市満寿美町に研究所新築
「株式会社目黒研究所」に組織変更
1950年(昭和25年) 「発疹チフスワクチン」発売
1952年(昭和27年) 乳酸菌製剤「ビオゼニン」発売再開
1958年(昭和33年) 「日本脳炎ワクチン」発売
1968年(昭和43年) 多剤耐性乳酸菌「コンクエンテロポリアール」発売
納豆菌「ビオナットミン」発売
共に胃腸薬原料として製剤メーカーへ供給
1977年(昭和52年) B型肝炎診断用キット「リバースセル」発売
臨床検査薬市場へ参入
1980年(昭和55年) 兵庫県加西市(現住所)にGMP適合の新工場として「加西工場」完成
醗酵製剤、臓器抽出製剤(現在廃止)の生産体制拡充
1997年(平成9年) 丸石製薬株式会社の子会社となる
2003年(平成15年) 加西工場の増設
2014年(平成26年) 加西工場新館棟完成
2014年(平成26年) 池田工場を廃止し加西工場に統合
本社を大阪市中央区へ移転

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