目黒研究所は故目黒庸三郎博士によって「大阪治療実験研究所」として設立される。
故博士は明治43年大阪府立高等医学校卒業後生化学を研究、後に伝染病研究所志賀潔先生のもとで細菌学並び免疫学を修める。
北里先生が創設された北里研究所において、志賀先生とともに4年間研究に没頭する。大正11年に渡欧し、ベルギーのパスツール研究所にてホリデー博士に、パリのパスツール研究所にてラモン博士の研修指導を受けた。
帰国後大正14年5月、大阪実験治療研究所を大阪北区に開設したのを発祥とする。
| 1925年(大正14年) | 大阪実験治療研究所(大阪市北区)創設 |
|---|---|
| 1929年(昭和4年) | 乳酸菌製剤「ビオゼニン」発売 |
| 1931年(昭和6年) | 「ヂフテリーホルモワクチン」発売 |
| 1937年(昭和12年) | 目黒研究所と改称 「ジフテリア血清」発売 |
| 1945年(昭和20年) | 戦火により目黒研究所消失 直に池田市神田町付属免疫所に移転 |
| 1948年(昭和23年) | 池田市満寿美町(現住所)に研究所新築 「株式会社目黒研究所」に組織変更 |
| 1950年(昭和25年) | 「発疹チフスワクチン」発売 |
| 1952年(昭和27年) | 乳酸菌製剤「ビオゼニン」発売再開 |
| 1958年(昭和33年) | 「日本脳炎ワクチン」発売 |
| 1968年(昭和43年) | 多剤耐性乳酸菌「コンクエンテロポリアール」発売 納豆菌「ビオナットミン」発売 共に胃腸薬原料として製剤メーカーへ供給 |
| 1977年(昭和52年) | B型肝炎診断用キット「リバースセル」発売 臨床検査薬市場へ参入 |
| 1980年(昭和55年) | 兵庫県加西市(現住所)にGMP適合の新工場として「加西工場」完成 醗酵製剤、臓器抽出製剤(現在廃止)の生産体制拡充 |
| 1997年(平成9年) | 丸石製薬株式会社の子会社となる |
| 2003年(平成15年) | 加西工場の増設 |